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長澤まさみがカルピスのCMでママ役やってて時の流れを感じる

cm.calpis.co.jp
えーついこの間、セカチューとかドラゴン桜で高校生役やってたじゃん!と思ってしまう。

ちなみにニコンのCMの小栗旬もパパ役やってて、同じことを思った。いまだに花より男子のイメージだわ。www.nikon-image.com

xperia Z4 tablet(wifi版)を買った

www.sony.jp

休日のダラダラしたと引きこもりライフを充実させるために購入した。家の外へ持ち出すことは想定していないのでLTEモデルは考慮に入れず。ベゼルが白と黒の2種類あるが、白にしてみた。価格.comを見ると白のほうが人気がないのか、若干安いようだ。

スペック的にすぐれている点は

  1. 軽い
  2. キャップレス防水
  3. LDAC(ソニーが作った音楽用のbluetoothコーデック)対応
  4. IEEE802.11ac、MIMO対応

といったところか。

想定している用途は、

  1. Kindle
  2. dマガジン
  3. 動画視聴
  4. 音楽再生
  5. 簡易なwebブラウジング

など。冒頭にも書いたように、とにかく俺が受け身でコンテンツを消費するための役割を一手に引き受けてもらおうという魂胆。

1台はタブレットが欲しかった

dマガジンはPCでは閲覧できないのでスマホで見ていたが、紙面をそのままの画面構成ため、スマホでは文字が小さすぎていちいち拡大して読むのに骨が折れた。KindleはデスクトップアプリができてPCでも読めるようになったけど、パソコンに向かわなきゃいけない感じが面倒。漫画はベッドに寝そべりながらダラダラ読みたい。

ワイヤレスでもハイレゾ、LDACを活用したかった

実は数か月前に、同じくsonyのMDR-1ABTというbluetoothヘッドホンを購入していた。www.sony.jp
これがLDAC対応だったのだが、再生側のLDAC対応機器を持っていなかったので、ずっと従来コーデックで使わざるを得なかった。これがもったいないと常々思っていたので(そもそも使えないのに買うなよ、という話ではあるが)、LDAC対応ウォークマンとしての機能にも期待をして買った。

電子書籍用の端末としてバッチリ

当初想定していたKindleやdマガジンの閲覧は、当然のように問題なく快適にできた。

ハイレゾ音源も再生できた

.flacファイルを単純に本体ストレージにコピーして、標準のミュージックアプリで開いたら、なんということもなく再生できた。MDR-1ABTもbluetooth接続できた。普通にbluetooth機器として接続してみたら、あまりにすんなり接続できたので、本当にLDACコーデックで接続できているんだろうか?と疑っていたら通知に「LDAC対応機器と接続中」と出ていた。音質優先でも途切れたりはしない。
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bluetoothとwifi(2.4GHz帯)が干渉している?

ところが、MDR-1ABTで音楽を聴きながらChromeブラウザを使っていると、しばしば、極端にウェブページの表示に時間がかかるようになった。あるいは、やはりMDR-1ABTに接続した状態でyoutubeの動画を再生していると、動画が途切れがちになる。もしやこれは、2.4GHz帯の干渉か?

実は我が家は、光回線を引いたにもかかわらず、無線LANルータ(ブリッジモードで使っているので無線LANアクセスポイントかな?)は、5GHzには対応していない旧式のものを使い続けていた。いいタイミングと考え、ルータの買い替えも決断することとなった。xperia Z4 tabletでさえ安い買い物ではないのに、追加の出費である。

IEE802.11acで解決

そんなわけでNECの最新のwifiルータを買ってきて(これについては次の記事で)、5GHzで使ってみたところ、思っていた通りbluetoothとwifiの同時使用でも問題なく使えましたとさ。

レベル上げてる感じが楽しい

どこまで必要性があるかは別にして、とにかく使える環境を整えるという作業が楽しい。仕組みを作ることが楽しい。メリットとして箇条書きで防水とか挙げておいて、実際まだ風呂で使ったりはしていない。今後も水回りでは使わないかもしれない。でも技術的に可能である、という状態なのが楽しいのだからいいのだ。

自分の自意識過剰っぷりがマジでうざいから消えてほしいけどどうやら消えるもんじゃないっぽい

数週間前に職場の飲み会で女性陣にちょっとちやほやされただけでその後2週間くらい自分の精神状態がかなりプラスに振られて、俺何でもできるんじゃねって本気で思い込める無双モードに入ったんだけど、結局それは夢想モードに過ぎず(誤変換からダジャレを思いついた)、相変わらず周囲の人間は、自分を特別かまってくれるわけでもないし、尊敬のまなざしで見てくれるわけでもない。いや、そんなことは最初からわかってたんだけど、でも、俺もっと特別な人間なんじゃないか、もっとみんなから注目されるべき人間なんじゃないか、という本当に気持ち悪い思いを気持ち悪いと知りつつも捨て去れないでいる。家に帰ってふと、飯も食えて風呂にも入れてベッドで眠れて、これ以上何を望んでいたんだと気付いて、自分の気持ち悪さを自覚する。もうこういうことをいちいち考えていること自体が気持ち悪い。
たぶん中学生の頃からずっとこういうことを考えていて、それに対する一定の答えも、中学生のころからもう知っている。自分のこと考えてる暇があったら他人のためになんかしろ、ってことだ。そんで、いざ他人のために何かしようとしたら、草むしりするとかコピー用紙を補充するとか、ほんとにその程度のことしかできない自分に気づいてもう一回落ち込みなおすと同時に落ち込み切って、自分のできることをやるしかないって気持ちになって、やってるうちにたまに他人に褒められてまた調子に乗って俺何でもできるんじゃねって本気で思い込める無双モードに入っての繰り返しなわけだ。でもそうやってループしながらちょっとずつできることを増やして自信を付けていくしかないのかもしれない。
うわなんかいかにも自己啓発本っぽい結論になった。やっぱ気持ち悪い。気持ち悪いと分かっていても、じゃあ、他人とか関係ねぇ自分の好きなことだけやってくわ、っていう生き方は性格的に絶対できないので、せいぜい他人によく思われたいという背伸びしたい気持ちと自分にできる範囲のことを粛々とやるしかないという謙虚さのバランスを失わないようにそこそこうまいことやっていくしかないんだろう。

『迷惑をかけないExcel』というタイトルにひかれて読んでみたら意外に役立った

実践ワークシート協会,田中亨(2015)『迷惑をかけないExcel』翔泳社 という本を読んだ。

www.shoeisha.co.jp

書いてあることの中で最も重要なのは、「入力」「計算」「出力」のシートを分ける、ということだ。というかこれ以外は些末な問題だとすら言える。世界中の人間が最低限、この「入力」「計算」「出力」ルールさえ守ってくれれば、人類全体の幸福度が間違いなく上がる。(次点で、「日付はシリアル値で扱う」も重要)

「入力」「計算」「出力」のシートを分けると、どんないいことがあるのか。それは、ほかの人が後から「ちょっといじる」「修正を加える」ことがしやすくなる、ということである。

職場で他人の作ったExcelシートをいじるとき、必ずと言っていいほど悶絶する羽目になるが、その元凶は、一にも二にも、とにかく入力と計算と出力を1枚のシートでやろうとしているからに他ならない。

そもそも、仕事でエクセルを使う場合、ほとんどが、前任者が残したファイルを「ちょっといじって」使う必要に迫られる。単なる文書作成ならワープロソフトで事足りるし、ガチガチのデータベースみたいなものは、普通の企業なら業務システムとして用意されている。業務で使っているシステムでは仕様上つくれないような帳票とか、基幹システムでは保持していないデータを、便宜的に扱いたいからこそ、Excelを使う必要が出てくるのである。

そういう、かゆいところに手を届かせるための、中途半端な立場にいるのがExcelなのだから、当然、頻繁に「修正」をしたくなる。ところが、他人が作ったExcelファイルを修正しようとすると、意味わからん参照やめちゃくちゃなVBAに直面しまくって、キーボードをたたき割りたくなるのだ。

だから、Excelファイルは、後から修正されることを前提に作られるべきなのだ。そのためには、「入力」「計算」「出力」のシートを分けることが、なにより大事。

「入力」「計算」「出力」のシートが分けられてさえいれば、多少へんてこな関数の組み合わせであったり、セル結合のオンパレードであっても、なんとか読み解いて再利用できる。

この本のタイトルの「迷惑をかけない」という視点、マジで大切にしてほしい。世の中のExcelを使うすべての人にわかってほしい。

いままでもこれからもストライクゾーンのど真ん中に。

このタイミングだからあえて言おう。

堀北真希がすきだ。

自分が、そして彼女が高校生のころからずっとかわいいと思っている。初めて見た時は、こんなにかわいい子がいるのか!こんなに俺のタイプにバッチリはまる一点の隙もないカンペキな美少女がいるのか!とぶったまげた。見れば見るほどかわいい。たまたま1枚の写真が可愛く撮れてるわけじゃなく、どの角度から見てもかわいい。どんな表情でもかわいい。笑顔じゃなくてもかわいい。

自分の年齢が上がるにつれて、ちょっとずつ女性の好みも変わってくる。それでも堀北真希はぼくのストライクゾーンのど真ん中に居続けた。2歳年上。憧れの女性と呼ぶにふさわしい。いつまでたっても憧れであり続ける。

長い髪をおろしているのもきれいだけど、ぼくは肩にギリかかるぐらいの長さか、後ろで束ねたスタイルが大好きだ。たまらん。どうしてあんなにかわいいのか。もしも真正面から見つめられたら心拍数が一気に300くらいに上がって死ぬかもしれない。それ以前に近くにいたら直視できないかもしれない。いやいや、美しいものに直面して、うっとりと眺めているうちに自我が溶け出すかもしれない。ぐあー。

10代のころは恥ずかしくて、他人には堀北真希が好きだということを言わないでいたけれど、20歳くらいから思い切って公言し始めたら、意外に女性から同意されることが多いと分かった。むしろ男性からは、きれいなのはわかるけど…みたいな曖昧な返答をされることが多い。なぜだ。

今後も俺は、堀北真希がすきだといい続ける。公言して憚らない。かわいいんだもの。顔で選んでるでしょーwとか言われても、そうだよ顔が好みなんだよ!と言い続ける。かわいいんだもの。

もう何のためにこれを書いているのかよくわからないけど、とにかく堀北真希がすきだと叫びたいということだ。そういう決意表明みたいな。